自己犠牲という鎖
私は長い間、
自分の心と向き合い続けてきました。
なぜ、人生が思うように進まないのか。
なぜ、望んでいるはずの未来が、
いつも手の届かないところにあるのか。
その答えを探すために、
さまざまなスピリチュアルな学びや実践を重ね、
自分の内側を静かに見つめてきました。
そして、あるとき気づいたのです。
私の中には、
手放されるのを待っている感情が眠っていました。
それは、
「自分を後回しにすることが当たり前」
「我慢することが正しい」
そんな価値観の中で、
知らず知らずのうちに育ってきたものでした。
私を縛っていた心の正体
私は根っからの探求者です。
エイブラハム、ジョセフ・マーフィー、
小林正観、ホ・オポノポノ、形而上学、量子力学…。
多くの学びに触れ、
試し、感じ、確かめる中で、
ひとつの大きな共通点に辿り着きました。
それが、
「自己犠牲」という心でした。
日本では特に、
「人を思いやること」
「人のために尽くすこと」が
美徳として教えられてきました。
私も例外ではありません。
家族が幸せなら、それでいい。
父が、母が、兄弟が笑ってくれるなら、
自分の気持ちは後でいい。
そうやって生きてきました。
でも、その生き方は
私を満たすどころか、
少しずつ心を削っていったのです。
「自分が我慢すれば、誰かが幸せになる」
そう信じていた裏側で、
私は無意識に
“犠牲になる自分”を肯定し続けていました。
今日の小さな問い
ここまで読んで、
あなたの心にはどんな感覚が残っていますか?
もし、
「少し苦しい」
「どこか引っかかる」
そんな感覚があったなら、
それは、
あなたの心が何かを伝えようとしている
静かなサインかもしれません。
次回は、
「あなたの心は、本当に満たされていますか?」
という問いを、もう少し深く見つめていきます。
感じたことを、言葉にしてみませんか?
読んでいて浮かんだ気持ちや気づきを、
公式LINEやコメントでそっと教えてもらえたら嬉しいです。
言葉にすることで、
心は少しずつほどけていきます。
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